・ソーシャルマーケティングは社会的課題の解決を図るためのマーケティング手法です
・「非営利組織のマーケティング」と「社会志向マーケティング」のふたつの潮流があります。
・「ブランドイメージアップ」「社員のモチベーションアップ」「人材採用促進効果」「投資家へのアピール」「保険効果」などのメリットがあります
・企業経営との両立を図る手法として「CRMマーケティング」が注目されています
マーケティングに関心のある人であれば、ソーシャルマーケティングという言葉はどこかで一度は見聞きしたことがあるはずです。
けれど、「それってどういうもの?」とあらためて問われると正確に答えられる人は案外少ないのではないでしょうか?
そこでここでは、ソーシャルマーケティングに対して誰もが抱く初歩的な疑問に答える形でその概略をなぞってみたいと思います。
ソーシャルマーケティングとは?
ソーシャルマーケティングとは、ざっくりいえば社会的課題の解決を図るマーケティングです。従来のマーケティング(マネジリアル・マーケティングといいます)がもっぱら利益追求一辺倒だったのに対して、社会との関わりを重視するマーケティングといえるでしょう。
ソーシャルマーケティング誕生の背景は?
このソーシャルマーケティング、最近出てきた新しい手法のように思う人もいるかもしれませんが、じつはそれほど新しいものではありません。誕生したのは今から50年ほど前の1971年。マーケティングの大家、フィリップ・コトラー氏が提唱したのがはじまりです。
背景にあったのはアメリカにおけるコンシューマリズムの高まりです。コンシューマリズムというのは、消費者の利益を守る運動、いわゆる消費者運動のことです。
その当時のアメリカは、戦後の繁栄を謳歌する一方で、市場には粗悪な商品や有毒物質を含む食品が多数出回っていました。また大量生産大量消費の裏で排出される大量のゴミや有毒物質による公害も深刻な社会問題として俎上に載るようになっていました。
こうした利益至上主義一辺倒への反省を踏まえ、企業も社会との関わりを重視すべきであるという考え方から生まれたのがこのソーシャルマーケティングです。
近年、このソーシャルマーケティングが再び注目されるようになってきた背景にあるのは、CSR(企業の社会的責任)や環境問題に対する世界規模での意識の高まりです。
ソーシャルマーケティングの種類
ソーシャルマーケティングには大きく分けてふたつの潮流があります。
ひとつは、非営利組織のマーケティングと呼ばれるものです。先ほどふれたコトラーが提唱したもので、行政機関をはじめ、学校、病院、NPOなどの非営利組織に従来のマーケティングの考え方を応用しようとするものです。
従来、非営利組織にマーケティングはなじまないとされてきましたが、これはマーケティングの概念を拡張することによって非営利組織においても企業と同レベルの効率的な経営を実現しようというものです。
もうひとつは、社会志向マーケティングと呼ばれるものです。こちらは従来の営利企業のマーケティングに社会的な視点を取り入れようという考え方です。いままでのマーケティングが企業と消費者という二者間にのみ注目したのに対し、社会というそれまで無視されていた第三のステークホルダーを加えることによって、より包括的な視点から戦略目標を達成しようとする試みといえるでしょう。
この社会志向マーケティングは別名「ソサイエタルマーケティング」とも呼ばれています。また近年目にするようになったグリーン・マーケティングやエコロジカル・マーケティング、サステナブルマーケティングなどはその派生形といえるかもしれません。
ソーシャルマーケティングと似ているものは?
次にソーシャルマーケティングと似たものを挙げてみます。同じものを別の側面から捉えただけでほとんど区別のつかないものもあれば、似て非なるものもあります。
CSR(企業の社会的責任)
まずはCSR(Corporate Social Responsibility)からみていきましょう。これは企業の社会的責任といわれるもので、中核にあるのは「企業は企業市民であり、一般の市民同様、社会のなかでふさわしい責任を果たすべき」という考え方です。
これだけみるとその目指すところは、ソーシャルマーケティングとほとんど変わらないようにみえます。しかし、そこでもっとも重視されるのが「説明責任」であることからもわかるように、CSRの場合、社会的課題に対して積極的に取り組むというより、どちらかといえば社会からの圧力に対して身の潔白を証明するという受け身的、防衛的な側面が強いようです。
CSV(共有価値の創造)
またCSV(Creating Shared Value)というのもあります。これは、企業による経済利益活動と社会的価値の創出を両立させることを目指した経営戦略上のフレームワークで、日本語では共有価値の創造と訳されています。
CSRが社会から要求される責任に対し、受け身的な対応に終始しがちなのに対し、こちらは社会的課題に対し、より戦略的に取り組むことによって社会的価値と企業価値の双方を両立させようとする考え方です。いわば説明責任という逆境を経営上のチャンスとして利用するものといえるでしょう。
ソサエティ5.0
ソサエティ5.0というのもあります。これは、サイバー空間と現実世界が融合した近未来を見据え、経済発展と社会課題の解決の両立を目指そうというビジョンです。ある意味、ソーシャルマーケティングが目指すべき方向性を指し示したものといえるかもしれません。
ソーシャルメディアマーケティングとは別物
なお、ツイッターやインスタグラムなどのSNSを利用したマーケティングは、ソーシャルメディアマーケティングといいます。長いからといって略してソーシャルマーケティングと呼ぶ人もいるようですが、これは誤用です。ソーシャルメディアマーケティングとソーシャルマーケティングはまったく別物ですので、混同しないよう注意しましょう。
ソーシャルマーケティングの具体例は?
さて、ではこのソーシャルマーケティング、具体的な事例としてはどんなものがあるのでしょうか?
その1ーー非営利組織のマーケティング
まず非営利組織のマーケティングからみていきましょう。
ACジャパン(公共広告機構)
ACジャパンは、1970年代に日本の広告関係者が中心になって設立された組織です。
その活動については、一般企業によるCMの合間に流れる社会問題をテーマにした印象的な広告で、多くの人にとってはすでにおなじみなのではないでしょうか。
当初から公共広告を日本に根付かせることを目的に活動してきたACジャパンは、日本におけるソーシャルマーケティングのパイオニアであり、先導者でもあります。
WWF(世界自然保護基金)
世界最大規模の自然環境保護団体であるWWFでは、動物保護や森林保護など自然環境を守ることを目的としたさまざまな活動を行っています。なかでも積極的に行なっているのが、広告を利用した啓発キャンペーンです。これは人々の自然保護意識を向上させるという目的を達成するため従来のマーケティング手法を活用したもので、まさに非営利組織のマーケティングの典型的な例といえるでしょう。
ソーシャル広告の例→世界のイケてる広告
その2ーー社会志向マーケティング
社会志向マーケティングは通常、営利企業によって展開されるソーシャルマーケティングです。
具体的には次のような例があります。
JT(日本たばこ産業株式会社)
日本専売公社からの民営化にともない設立されたJTは、設立以来、喫煙のマナーを訴えるキャンペーンに力を入れてきました。
当初からソーシャルマーケティングを意識していたかどうかはわかりませんが、喫煙への風当たりが強くなり、直接タバコの販売を目的にするのが難しくなるなか、結果的に喫煙マナーを訴えることで間接的に商品の露出を増やすというソーシャルマーケティング的なアプローチにたどりついたといえるのかもしれません。
アメリカンエキスプレス
カード会社のアメリカンエキスプレス社は、1983年に「自由の女神修復活動キャンペーン」を実施しました。
これは、クレジットカードを新しく作ると1ドルが、カードを利用すると一回あたり1セントが、自由の女神像の修復のために寄付されるというものです。その結果、カードの利用額が対前年比で25%、新規カードの申し込み数が同じく45%増えたといわれています。
売上の一部を社会貢献に充てたり、NPOに寄付したりするこのような手法はCRM(Cause Related Marketing)と呼ばれ、販促と社会貢献を両立できる一石二鳥の手段として、現在ソーシャルマーケティングにおける代表的な手法のひとつとなっています。
ボディショップ
ボディショップ は「フェアトレード(途上国との公正な取引)」を理念に掲げて創業した化粧品会社です。その同社が現在、力を入れて取り組んでいるのが「動物実験反対キャンペーン」です。
その名の通り、化粧品開発における動物実験を廃止しようというプロジェクトですが、これが厳密な意味でのソーシャルマーケティングかどうかは意見の分かれるところです。
けれど、社会貢献活動を重視する同社の創業以来の理念からの活動の一環であること、またその活動が同社のブランドイメージの強化に貢献していることは間違いないといえるでしょう。
ソーシャルマーケティングのメリットは?
ソーシャルマーケティングには次のようなメリットがあります。
ブランドイメージアップ
最初に挙げられるメリットはブランドイメージの向上です。社会貢献に積極的であるということは、多くの人の共感を呼ぶからです。またブランドイメージの向上は、当然ながら売上にもよい影響を与えます。似たような製品なら企業イメージのよい方が選ばれるからです。すなわち、ソーシャルマーケティングは、競合他社との差別化を図る上でも効果的だということになります。
モチベーションアップ
ソーシャルマーケテイングは社員のモチベーションアップにも貢献します。社会的に意義のある活動を行なっているという意識が社員の会社への愛着と帰属意識を高めるからです。またそれによって商品やサービスの品質が高まれば、企業イメージのさらなる向上にもつながるはずです。
人材採用促進効果
ソーシャルマーケテイングは、人材採用にも良い影響を与えます。社会貢献活動によって企業イメージが向上すれば、社会的な評価も高くなり、それに比例して優秀な人材が集まりやすくなるからです。
投資家へのアピール
CSR(企業の社会的責任)や環境意識の高まりを背景に近年、社会貢献活動を重視する投資家が増えています。そのため、ソーシャルマーケティングに取り組むことは、そうした投資家の信頼を集め、投資を呼び込むことにつながります。またそうすることで既存の株主をつなぎ止め、安定経営を実現することも可能になります。
保険効果
ソーシャルマーケティングにはいざという時の危機を回避する効果もあります。
たとえば、以前、アメリカで暴動が発生した際、マクドナルドの店舗だけは破壊を免れました。同社が以前から地域社会との関係づくりを重視し、雇用機会の創出にも積極的に取り組んできたからです。
そうした地道な活動によって地域社会から高い評判を得ていたため、壊滅的な暴動のなかにあっても同社の店舗だけは被害を受けることがなかったのです。
ソーシャルマーケティングのデメリットは?
なにごともそうですが、ソーシャルマーケティングにもデメリットがあります。
なかでも最大のそれは効果がはっきりしないことです。効果がはっきりしないことで、なぜやる必要があるのかと社内外から疑問の声が上がってくることもあります。またそれを無視してあえて強行しようとすると、かえって組織としての亀裂を生んでしまう恐れもあります。
そこで注目されているのが、先にもふれたCRM(Cause Related Marketing)です。CRMというのは、「売上の一部をボランティア団体に寄付することでブランドイメージの向上を図ろうとするマーケティング手法です。これを利用すれば、売り上げ向上と社会貢献との両立が期待できることになります。
また問題の根源はソーシャルマーケティングの効果を測定する明確な手法がないことであるという認識から、それを測定するためのフレームワークに関する研究も現在、急ピッチで進んでいるようです。
参考:戦略的ソーシャル・マーケティングの基礎概念としての交換概念の再検討
まとめ
最後にまとめておきます。
・ソーシャルマーケティングは社会的課題の解決を図るためのマーケティング手法です
・1970年代、消費者運動の高まりを背景にアメリカで誕生しました。
・現在、「非営利組織のマーケティング」と「社会志向マーケティング」のふたつの潮流があります。
・メリットには「ブランドイメージアップ」「社員のモチベーションアップ」「人材採用促進効果」「投資家へのアピール」「保険効果」などがあります。
・デメリットには「効果がはっきりしない」「反対の声を無視して強行すると組織に亀裂が生じる」などがあります。
・そうしたデメリットを解消し、企業経営との両立を図る手法として「CRMマーケティング」が注目されています。
売るためのマーケティングから課題解決のためのマーケティングを提唱する独立系シンクタンク「ミライニウム」を主宰するマーケティング研究者。コピーライター、雑誌ライター、プランナーとして30年以上にわたり、マーケティングの実践および研究を続けている。北軽井沢隣接宣伝研究所所長。