ゲーミフィケーション。広告の世界ではすでに直感的に活用されてきたテクニックだ。しかしそれが科学的メソッドとして意識化されることに関しては歓迎したい。広告に限らずその応用範囲は広いだろうからだ。
しかし人々が直接アドレナリンやドーパミンによって動かされる社会というのもなんとも不気味だ。たとえ成分がそうであってもせめてその薬瓶には「夢」とか「希望」とかいう言葉が書いてある方が安心するのは、自分がすでに古い人間だからであろうか?
そもそもだが、文化というものもゲーミフィケーションの側面からとらえられるのではないか?
震災後にみせた日本人のふるまいなどは、日本文化という「ゲーム」の枠内だからこそ生まれたものではないかと…。
であれば当然ながら、広告マンは文化の構造についても精通している必要があるだろう。
売るためのマーケティングから課題解決のためのマーケティングを提唱する独立系シンクタンク「ミライニウム」を主宰するマーケティング研究者。コピーライター、雑誌ライター、プランナーとして30年以上にわたり、マーケティングの実践および研究を続けている。北軽井沢隣接宣伝研究所所長。