「ほしいものが、ほしいわ。」
かの名コピーライター、糸井重里氏がかつて西武百貨店のためにつくった有名なキャッチコピーです。
「欲しいものが欲しいーー」。当たり前だろ、といわれそうですが、実はこれ、たんにレトリックの効いたうまいコピーではありません。かなり深淵な情理を含んだ哲学的なフレーズであるといってよいでしょう。
どういうこと?
結論からいいましょう。人は、自分が欲しいと思わないものはいくら売り込まれても目に入らないものだということです。もちろん興味の対象にもならないし、当然、買おうという気など起こるはずもありません。
ここで思い出していただきたいのは、「知らないものは欲しくない」という販促の基本原則です。この言葉が示すように、消費者というのはかように、そして思った以上に保守的なものです。ましてや新奇な商品などはマスコミが取り上げ、はやし立てるなどして、ある程度社会に浸透してからでないと一般の人にはまず受け入れられません。
一方、商品を提供する側は、いわゆる差別化を意識するあまり、どうしても新奇なものに目が行きがちです。そして、ここに落とし穴があります。
なぜなら今述べたように多くの人は新奇なものなど欲しがらないからです。すなわち「欲しいものが欲しいわ」であり、「欲しくないものは欲しくないわ」だからです。
そもそも人は自分の世界観の範囲内でしか世界を見ていません。その世界観に収まらないものは目に入らないし、入っても知覚することすら拒否してしまうものです。
つまり、多くの人にとって欲しいものは自分の世界観の中にしか存在しないのです。その世界観に収まらないものなど、欲しくもないし、興味もないのです。それどころか目の前に提示されても実際それが目に入ることさえないのです。
これが商品開発者たちが陥りがちなワナです。独創的な発想でいつも周囲を驚かす有能なアイディアマンほど、ビジネスの現場で空回りしてしまいがちな理由もそこにあるといってよいでしょう。
もちろん、マーケティングでいうイノベーター(革新者)やアーリーアダプター(初期採用者)といった一部の例外的な人たちを対象にする場合は、そのかぎりではありません。けれど、マスを狙うーーすなわち一般大衆をターゲットにする場合は必ずしもそうでないということを、私たちマーケッターはゆめ忘れないようにしたいものです。
売るためのマーケティングから課題解決のためのマーケティングを提唱する独立系シンクタンク「ミライニウム」を主宰するマーケティング研究者。コピーライター、雑誌ライター、プランナーとして30年以上にわたり、マーケティングの実践および研究を続けている。北軽井沢隣接宣伝研究所所長。