地方で起業家が育たない理由とは?

起業家育成に立ちはだかる壁

地域経済の衰退に歯止めがかからない。そうした流れに抗すべく自治体側も様々な手を打ってはいるものの、具体的な成果を挙げているところは一部の例外をのぞきほぼ皆無といってよい。全滅といってもよい状況だ。

一昔前、地方経済を活性化する魔法の杖とされたのは大量の雇用を生み出す工場誘致策だった。しかし、それもグローバル化による国内産業の空洞化という流れの中、もはやかつてのような神通力を失ってしまっている。

代わりに近年叫ばれているのが、起業家の育成だ。起業家を育てることでその事業を後押しし、雇用の確保を促進し、それによって地域経済の活性化をはかろうという戦略だ。こうした流れを受けて、起業家の育成に乗り出す自治体も増えている。しかしながら、これもみたところうまく行っているところはほとんどないようだ。

なぜうまくいかないのか? そこにはさまざまな要因が挙げられるだろう。だが、そのなかでも私が真っ先に挙げたいのは、風土の問題である。風土の問題とは何か? 地方にはそもそも起業家を育てる風土が欠けているということである。

起業家を育てる風土とはいったいなにか? 風土などというとどうしても抽象的な議論に陥ってしまいがちなので、ここではマーケティング用語を使ってこう定義してみたい。

それは、イノベーターが多く、そしてラガードが少ない社会集団が醸し出す創造的な雰囲気である、とーー。

集団の活性化に影響を与える五つのタイプ

イノベーション曲線

新商品が市場に普及する際のプロセスを分析したマーケティング理論にイノベーター理論というものがある。それによると、新しい商品に対しどのような態度を採るかによって消費者は5つのタイプに分類できるという。

ひとつめのタイプはイノベーター(革新者)である。これは冒険心にあふれ、新しいものを進んで採用する人たちをさす。割合でいえば全体の2.5%ほどだ。

ふたつめがアーリーアダプターである。これは流行に敏感で、自ら情報収集し、判断する層である。オピニオンリーダーともいわれる。割合としては13.5%ほどである。

みっつめがアーリーマジョリティである。これは日本語では前期追随者と訳され、慎重だが平均よりも早く新しいものを取り入れる層である。全体では34%を占める多数派である。

よっつ目のタイプがレイトマジョリティである。懐疑的であり、周囲の大多数が試しているのをみてから採用を決断する。フォロワーズとも呼ばれる。アーリーマジョリティと同じく34%を占める多数派である。

最後のいつつ目がラガードである。これは流行には左右されず、また新しいものには容易に手を出さない保守的な層である。ノロマという蔑称で呼ばれることもある。全体の16%を占める。

これら5つのタイプの割合は平均するとどの社会においてもだいたい同じとされている。しかし、それは母数が十分に大きい場合であって、母数の少ない集団ではやはり一定の偏りが出てしまう。

たとえば日本全体で見た場合は、ほぼこの数値があてはまるだろうが、若者が多く住む大都会だけをとりあげれば、当然ながらイノベーターやアーリーマジョリティが多くなる。その一方で、高齢化、過疎化が進む地方はレイトマジョリティやラガードの割合がどうしても多くなってしまうだろう。

田舎が旧態依然として変わらない理由のひとつに、このレイトマジョリティとラガードの割合が大きいことが挙げられる。それだけ新しいものや変化を本能的に嫌う人たちが多いからである。

起業にはイノベーターの存在が不可欠

実際、起業家からみてもイノベーターやアーリーアダプターはきわめて重要な存在だ。スタートアップというのは多大な推進力を要するものだが、それを後押ししてくれるのは新しもの好きの彼ら彼女らだからである。逆にそうした人たちが周りに十分にいないと、いかに有能な起業家であっても事業を軌道に乗せるのは格段に難しくなってくるだろう。

ましてやラガードが多すぎるとなるとそれこそ前途多難が予想される。なぜなら変化を嫌うラガードは起業家を陰に陽に攻撃するからだ。彼らにとって起業家による新しいことへの挑戦は現状維持を脅かすものであり、恐怖以外の何ものでもない。そのため彼らは起業家に対して本能的ともいえる態度で敵対してしまうのだ。

そこには理屈などない。それがどんなにすばらしいものであっても、また起業家が成功しなかったら自分たち自身もやがて食えなくなるだろうことが分かっていてもそうしてしまうのだ。彼らはその目的や理由のいかんにかかわらず新しいことがとにかく大嫌いなのだ。

ラガードが多く、イノベーターが少ない地方での起業が難しいのはまさにそのためである。

起業家の楽園としてのシリコンバレー

それとは反対にイノベーターが多く、ラガードが少ないところは起業しやすい。典型的なのがシリコンバレーである。

シリコンバレーには世界中からイノベーターが集まってくる。またそれを支援しようという投資家や新しもの好きの技術者も大勢いる。だから、面白そうだ、とりあえずやってみようぜ、という前向きな雰囲気が街全体にあふれている。つまり他の街に比較してシリコンバレーにはイノベーターやアーリーアダプターが突出して多いのである。

もちろん社会集団である以上、レイトマジョリティやラガードが一人もいないということはありえないだろう。だが、そのような人たちは相対的に少数派であるし、その影響力も限定的である。

したがってシリコンバレーで成功を夢見る若いイノベーターたちはそれがいかにとっぴなアイディアであろうと、誰にも邪魔されることなく、その夢の実現に向かってまっすぐに走り続けることができるのだ。

いうなれば、そうしたイノベーターを大事にする風土が、起業家たちの成功を後押しし、その成功がまた野心あふれるイノベーターを世界中から集めてくるという好循環を作ったことが、シリコンバレーが起業家のメッカになった最大の要因といえるだろう。

ひるがえって日本はどうだろうか? あなたが住む街には十分な割合のイノベーターやアーリーアダプターはいるだろうか?

もちろん一人の天才は必要である。しかしそれだけでは十分ではない。

天才という種子はそれにふさわしい土壌に撒かれてこそ初めて芽をだすことができるのだ。



ここからわかるのは起業家を育成するうえで重要なのは制度面での支援ばかりでなく、その意欲を尊重し、社会全体で後押しするような風土をつくることである。そして、そのためにはイノベーターを尊重する雰囲気をつくると同時に、ラガードに邪魔されない仕組みもつくる必要があるといえるだろう。