これからの企業経営に求められる「なぜ?」をめぐるパーパス哲学

マーケティングに不可欠なのは商品哲学!

アップル

パソコンのマッキントッシュやiphoneの例を挙げるまでもなく、アップル社の製品には熱狂的なファンが多い。その熱い想いは、もはやファンというより信者のそれといってもいいくらいだ。それにしてもアップル社の製品はなぜそれほどまで人々を熱狂させるのだろうか?

その秘密を解く鍵となるのが企業哲学だ。よく知られているように、アップル社には「世界を変える」という企業哲学がある。実際、誰にでも使えるパーソナルコンピュータを世界ではじめて生み出したのはアップルだったし、それによって世界は文字通り「激変」した。パソコンばかりではない。アイフォンやタブレット、MP3音楽配信システムなどもそうだ。それらの製品はすべて「世界を変える」という哲学から生み出されたものであり、それをコンセプトに作られたものである。そしてその通り、私たちの生活はそれらの製品によって従来とは一変しつつある。

じつは私たちがアップル製品を買うのは、そのスペックが他より優れているからではない。そこにある「世界を変える」という哲学に共感するからである。アップル製品を使うことで自分にも世界を変えられる、あるいは自分も世界を変える仕事に参画しているという気持ちになるからこそ、そうするのだ。そして、その参加意識こそがアップルというブランドの正体でもある。

似たようなニーズを満たすだけなら他にも選択肢はいくらでもあるだろう。しかしそこには「これだ!」という腹の底にストンと落ちる納得感のようなものがない。なぜか? そこには共感できる哲学がないからだ。哲学は太鼓のようなものである。それがなくては心を響かせることができない。そして心に響かないかぎり、人はそれを欲しいとは思わないのである。

商品哲学がなぜ心に響くのか?

しかし、なぜ哲学が心に響くのだろうか? それを説明する前に、商品とは何かということからみていこう。

商品というのは認識上、三層構造からなっている。内側から順に「哲学」「裏付け」「便益」の三つである。ここで便益というのは、その商品を使うことで得られる利益である。また裏付けというのは、便益を可能にする技術やノウハウである。さらに哲学というのは、ここではとりあえず商品コンセプトであるといっておこう。そして商品の魅力というのは、要するにこれら三つの総和であると考えられる。

これからのマーケティング 商品の三層構造

ここで「便益」が魅力の源泉であることは誰しも直感的にわかるだろう。またその便益をもたらす「裏付け」(となる技術や知識)がその魅力をつくる上で重要な要素のひとつであることもいうまでもない。

問題は「哲学」である。なぜ哲学が商品の魅力となるのだろうか?

理由は、哲学とはすなわち物語だからである。では物語とは何か?人生を意味づける文脈である。

哲学とは物語である

なぜいい学校に入ろうとするのか? なぜいい会社に入ろうとするのか? なぜきれいな服を着たがるのか? なぜ化粧をするのか? なぜ外車をほしがるのか? これらはすべて人生という物語の文脈の中に発生してくる価値観であり、欲望である。逆にいえば物語がなければ、そのような欲望が生まれることはけっしてないだろう。

ここからもわかるように人はその一生を物語の中で生きる存在である。つまり人間というのは哲学なしには生きられないのだ。もちろんここでいう哲学というのは、意識的なものとはかぎらない。むしろほとんどの人は哲学など持っていないし、そんなの知ったこっちゃないというだろう。しかし、そういう人であっても心の奥底をのぞいてみれば、そこには必ずなんらかの信念が横たわっているものだ。そしてその信念こそがその人にとっての哲学なのである。

ただし、ここで注意しなければならないのは、哲学といっても、それは必ずしも高尚で抽象的な理念ばかりをさすとはかぎらないことだ。

分かりやすいように図で示そう。ここにあるのは、米国の心理学者アブラハム・マズローが提唱した欲求五段階説という理論である。

これからのマーケティング 欲求後段階説

欲求五段階説によれば、経済が豊かになると人々の欲求は低次のものから高次のものへ上昇する傾向があるという。実際、先進国では、安全や生理的欲求など低い段階の欲求はほぼ満たされているため、自己実現などより高次な段階の欲求が注目されるようになってきている。

アップル社の「世界を変える」という哲学もこの自己実現レベルにあるものといえるだろう。

しかし誤解しないでいただきたいのは、だからといってすべての商品が自己実現レベルの哲学を持たなければならないというわけではないことだ。

仮に対象が生存欲求や安全欲求など低次のレベルに属するものであっても、そこから哲学を導きだすことは不可能ではない。というより対象がなんであれ、それに対して供給側がユニークな考え方をもっていれば、それはもはや立派な哲学といえるだろう。

問題は、供給側の考え方である。それをなぜ供給するのか、その「なぜ」を支えるものこそが哲学なのである。

要するに、どのような考え方で商品を供給しているのか、その考え方自体がより深く問われてきているのである。

哲学(パーパス)のない商品、企業は21世紀に生き残れない

さて、商品と哲学の関係について少し踏み込んでみてきたが、ここでもう一度アップルの話に戻ろう。

ここでひとつ疑問が浮かび上がってくる。それは、哲学を持っている企業は世界中でアップルだけなのか、他の企業は持っていないのか、ということである。もちろん、哲学を持っている企業は他にもたくさんあるだろう。ただアップルが際立っていたのは、それをマーケティングに応用する際のその巧みさである。

従来のマーケティングでは、一番外側の「便益」から始まり、次にその「裏付け」、そしてその奥にある「哲学」という順序でアピールするのが一般的であった。そこにあるのは三層構造の外側から内側へと向かうベクトルである。

具体的にいえば、こんな売り込み方だ。

「我々の製品にはこんな素晴らしいスペックがあります」。

「使いやすいし、デザインにも徹底的にこだわりました」。

「もしかしたら世界を変えられるかも・・・・」。

「どうです、ひとついかがですか?」。

・・・・。

これでは心に響かない。せいぜい「ふ〜ん、それで?」という反応が返ってくるのがオチだろう。

これに対して、アップル社が採ったのはまったく逆のアプローチだった。一番奥にある「哲学」をいきなり一番前に持ってきたのだ。これまでのベクトルを180度真逆にしてしまったのである。

それは次のような売り込み方法だった。

「我々は世界を変える製品を作りました!」。

「我々はそのために使いやすさを徹底追求し、デザインにも極限までこだわりました」。

「そうしてできたのがこのマッキントッシュというパソコンです。あなたもひとつ、いかがですか?」。

結果、どうなったか? ベクトルを逆転させたこの売り込み方法は見事に成功した。最初に述べたように熱狂的な信者がむらがり、そして爆発的に売れたのである。

マーケティング戦略という点でいえば、アップルがやったことは何も特別なことではない。むしろきわめてシンプルなことだ。それはいわゆる旗幟鮮明という言葉で表されるだろう。「私たちは『世界を変える』。そして『世界を変える力をあなたにも与えよう』」というメッセージを旗に大書し、それを高々と掲げたのである。そうして、それに共感した人たちが続々とその旗の下に結集し、ひとつの巨大な市場を形作ったのである。それがアップル社が行ったシンプルな、しかし革命的なマーケティングのすべてである。

これからの企業に突き付けられる「そのパーパスは?」の問い

便益のアピールだけでモノが売れる時代は終わった。これからはその根底にある哲学が問われる時代である。それは何(what)ができるのかではなく、なぜ(why)それを作ったのか、という根源的な問いに答えられなくてはならない。それに答えられない商品はこれから例外なく淘汰されるだろう。

もちろん企業も同様である。なぜ(why)あなたの会社は存在するのか、あなたの企業の目的(Purpose=パーパス)は何なのか、という問いに答えられない企業はこの21世紀には生き残れないだろう。

21世紀は、whatではなくwhyの時代だからである。

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